少食をすすめる人というのは昔からいたようで、江戸時代には貝原益軒という学者さんが、著書「養生訓 」の中で「腹八分目」という有名な言葉を残しています。

また、15世紀ごろのルイジ・コルナロというヨーロッパの貴族は著書「無病法 」の中で、少食こそが長生きの道であると主張しています。

ちなみに、貝原益軒は85歳、ルイジ・コルナロは102歳まで生きたとされていますから、その言葉にも説得力がありますよね。

少食のすすめは、昔の人が語った単なる訓話で終わらず、現代においても価値が見直されてきています。

ここ数年にヒットした健康関連の本でも、「少食」「不食」「断食」「一日一食」「一日二食」「朝食抜き」などのキーワードが目立ちます。

いずれの本も医学的・科学的な根拠を示しつつ、食を減らすことと健康との関連について説得力のあるかたちで書かれています。

おっちゃんも自分の体調不良をきっかけに、少食に目覚めはじめました。

そんな中、少し古いですが深イイ本を見つけたので、少し内容をシェアしたいと思います。

明石陽一さんの小食のすすめ

医師である明石陽一さんが1976年に書いたのが、タイトルずばり「小食のすすめ」という本です。既に絶版になっていますが、中古でしたらアマゾンに幾らかの在庫があるようです。

明石陽一さんは、西式甲田療法で有名な甲田光雄医師とも親交があったようで、ご自身も食餌について甲田さんから多くを教えられたと語っておられます。

明石陽一さんの本「小食のすすめ」の特徴は、徹底して本質志向であるということです。

言うなれば、ハードボイルドなのです。

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 そのような意味では、医師というよりも哲学者や研究者に近い深い思索によって健康が語られていきます。

読む側も安易な気持ちで読むと、ヤケドします。

現代人が健康になれない理由

「小食のすすめ」の中では、現代人がなかなか健康になれない理由として、本質を見分ける判断力を失っているという点が強調されています。

その結果、目新しい健康法に飛びついてかえって体を壊したり、継続できなくて中途半端な結果で終わり、結局は病院のお世話になって薬漬けの人生をおくることになってしまうのです。

それで、本当に意味で健康になる道を歩むためには、まずは自分の考え方(マインド)にしっかりとした軸を持つことこそが最重要の課題となります。

ここがブレていると、少食の実践などとても続かないというわけです。

おっちゃんも身が引き締まりました!キュキュッ!

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判断力を奪われる原因

明石さんは「小食のすすめ」の中で、現代人が健康に関する正常な判断力を奪われている理由を分析しています。

これは健康だけでなく他の様々な分野にも当てはまっていて考えさせられたので、少し硬くなりますが取り上げたいと思います。(何しろハードボイルドですから・・)

その原因は全部で5つ挙げられています。

1.社会環境すべてが人工化され過ぎている。

私たちを取り巻く環境は、ますます人工化に向かっています。衣・食・住の生活に関わる全ての分野において際限なく人工化が進んでいる状態です。

街中に見られる緑さえ人工的に計画され、整備されたものになっています。

その結果何が起きているかというと、人々から自然の直感力というものが失われていっています。

「動物的勘」という言葉がありますが、人間は本能的に持つ直感力によって、本来は自分で健康になる方法を知っているはずなのです。

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しかし、自然から遠ざかれば遠ざかるほど「動物的勘」を失い、健康に関しても何が本当に自分の体に良いことなのか、正しい答えが見えなくなってしまっているのです。

2.社会がどんどん細分化している

細分化すればするほど元の形というのは見えにくくなります。その結果、枝葉末節のことだけが強調されて、それがあたかも本質であるかのように勘違いしてしまいます。

たとえば、「○○を飲んでいれば血がサラサラになる」とか、「○○が血糖値を下げる」などの話題がテレビや雑誌で取り上げられますが、その部分だけにフォーカスさせられることで、視野は狭くなり偏ってしまいがちです。

本来は体の機能全体が向上して初めて健康と言えるのであり、症状の一部だけに注目したり、特定の食べ物や健康法だけに焦点を当てたところで、全体としてバランスよく健康になることはできません。

3.情報の氾濫

情報が多すぎることでも現代人の判断力は混乱させられています。

しかも、そうして得られる情報の大半は部分的であり、枝葉末節のものなので、他の情報との結びつきがよく分からずにますます混乱させられます。

言うなれば、ジグソーパズルのピースばかり次々与えられて、完成図を少しも見せてもらえないという状態です。これでは完成させるのは困難です。

さらには、間違った方向に誘導する作為的な情報も多く存在します。

「小食のすすめ」が書かれた時代からすれば、現在はインターネットの普及によってますます混乱させられていると言えるでしょう。

4.人間性を無視した社会体制

この人間性の無視は、現代社会が目先の損得を重視し過ぎるという点からきます。

この点は相次ぐ企業の不祥事や食品偽装の問題を見れば明らかです。本当の思惑が隠されて、建前やうわべを取り繕うことが広くまかり通っています。

その結果、健康や医療の分野でも情報を末端で受け取る側としては、何が本当なのかということがますます分かりづらくなっています。

5.科学に対する過信

科学を過信するあまり、昔からの知恵や自然の法則というものに目を向けにくいのが現代人です。

しかし、人体はまだ科学で解明できない未知の領域のほうがずっとずっと多いのですから、より重視すべきなのは実践や経験から得られた知恵といえるかもしれません。

多くの科学的データを見せて説明されると、いかにもそれが正しいように錯覚してしまいますが、それゆえに正常な判断力を失う原因となるというわけです。

健康の本質とは?

このように現代人は、本質を見分ける判断力を奪われやすいために、健康に関してもやることがどんどんブレていき、不健康な健康オタクになってしまうのです。

その中でブレずに全うな健康道を歩むには、まずは健康の本質をしっかり学び、それを基として、やるべき様々なこと(あるいは避けるべきこと)を判断していかなくてはなりません。

言い換えるなら、健康のテクニック的な情報ばかりに目を奪われるのではなく、その背後にある考え方や成り立ちにまで目を向けて判断するように、ということだと思います。

では、明石陽一さんが「小食のすすめ」で主張する健康の本質とは何でしょうか?

明石さんは、「健康体とは生命力がみなぎった体のこと」と定義づけています。

そして、生命力をみなぎらせるためには、少しだけ飢えさせておくことが必要だと主張します。

そうすることにより、副腎皮質・唾液腺・その他の生命力に関係するホルモン臓器が活発に活動し、機能を正常に保とうとするのです。

つまり、逆説的ですが、生命力をみなぎらせるために、あえて生命力に反することをわずかな範囲で行う必要があるということです。

その次に、胃腸をはじめとする消化器官に休養を与えることで、それらの機能が活発になり、消化吸収が良くなるので体に無駄な負担がかからなくなります。

まとめると、胃腸を丈夫にして小食にすること、これが全ての健康の本質であり、出発点だということなのです。

そこをきちんと認識していなければ、いくらビタミンCを取っても、玄米を食べても健康にはなれないというのが、「小食のすすめ」の要旨です。

ところで、この本の175ページに掲載されている健康の図式は一見に値します。

ここでは掲載できませんが、病気に至る道と健康に至る道の2つの道を、摂取カロリーと体重、そして期間という3つ要素を用いてグラフ化されているのです。

このグラフを見るときに、同じ不健康な状態でも健康に向かっている不健康さと、病気に向かっている不健康さの違いもはっきりと識別でき、その期間の目安が分かるので少食を続ける上で励みになります。

「小食のすすめ」は、おっちゃんにとって何度も読み返すべき本になりそうです。