健康のためには少食がいい。

そう感じている人でも、実際に実践できるかというと、そこには大きな壁がドガーン!と立ち塞がっているのが実情ではないでしょうか。

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おっちゃんも例に漏れず、数週間はかなり食事量を減らして頑張ってみるものの、また元の食事量に逆戻りする繰り返しです。

反動を避けるためにジワジワと減らしているつもりなのですが、一度タガが外れてしまうと、そこからはストップが効かなくなります。

少食にすると、胃腸の調子もどんどん良くなっていきますから、何を食べても美味しくなって、それが逆に少食道を歩む障害となるんですよね。

本当に食欲というのは、人間の根源的な欲望なので一筋縄ではいかないなぁと実感しております。

そこで、自分なりに少食が続かない理由を分析してみると、「食欲を抑える」「我慢する」という方向だけに意識を向けているのが問題かなと思っています。

やっぱり我慢だけだとストレスが溜まっていき、どうしても反動が生じてしまうのだと思います。

そうならないために意識の向け方を変えていかなくてはなりません。

少食を続けることの長期的な価値であったり、人生全体に与える良い影響に意識を向けるなら、我慢というよりも達成感や幸福感を感じることさえできると思うのです。

そんな時に読んだルイジ・コルナロの「無病法」は、少食を続けていく意欲と意思を与えてくれる本でした。

ルイジ・コルナロという人物

ルイジ・コルナロは西暦16世紀、ルネッサンス時代のイタリアの貴族です。

享年102歳であり、最後の日も病人として病院のベッドの上で亡くなったわけではなく、ある日昼寝をしていて、そのまま目を開けずに安らかな自然死に至ったとされています。

その最晩年まで目も耳も歯も完全で、足腰も若いときの力強さのままで、声のハリは年齢とともにむしろ高まっていたと言われています。

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このルイジ・コルナロが自身の長寿と健康の秘密について語った手記は、当時のヨーロッパ諸国で大ヒットし、この後も幾世紀にもわたって世界中で読み継がれきました。江戸時代の学者である貝原益軒の健康本「養生訓」のワールドワイド版といえるでしょうか。

そしてルイジ・コルナロの幾つかの講話を一冊にまとめたものが、「無病法」として出版されています。

ルイジ・コルナロの手記の最後の部分は、彼が95歳の時点に書かれましたが、その中でも自分の健康・長寿・幸福の秘密が少食にあることを述べています。

そうです、この「無病法」の書籍全体を通して彼が伝えたいことは、ただ一つです。

それは、食を節するということです。

それ以上でもそれ以下でもなく、彼自身の講話の中では食事内容の細かな指針などは示されていません。ただ「食を減らせ」ということだけが彼のメッセージなのです。

このように聞くと、コルナロはとてもストイックで鉄人のような人物だったのではないかとイメージする人も多いかもしれませんが、全くそうではありません。

もともとは虚弱な体質で、生来的に胃が非常に弱かったようです。

その上、30代では仲間たちと暴飲暴食に明け暮れ、その結果さまざまな成人病を患い、40代では生死の淵をさまよっていたようです。

ある日、医師たちから「極小食以外に助かる道はない」と言われて、彼は助かりたい一心で少食生活を送ることになりました。

すると、数日後には回復のきざしが見えて、病気は癒えていき、その一年後には完全な健康体を取り戻すことができたのです。

少食は単なる健康法ではない

ルイジ・コルナロは、もはや少食を単なる健康法とはとらえていません。

少食にしたおかげで、やりがいのある仕事と家族と仲間に恵まれ、最高の気分で喜びの多い老後を過ごせたと語っています。

こうなってくると彼の言葉は単なる健康論というよりも、成功哲学に近い色合いを帯びてきます。

でも、これぐらいの広い価値観をもって取り組むことが少食道を成功させる秘訣なのかもしれません。

約20年間を一日青汁一杯だけで生きてきた森美智代さんも、以下の動画で、少食によって「愛の表現ができる存在になり、素晴らしい魂になれる」「少食は愛と慈悲の具体的な行動」と語っておられました。

 「これぐらいの大きい気持ちを持てたらええなぁ」と、つくづく感じる小物のおっちゃんでした。

 

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