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中国の古い言葉に「上工治未病」というものがあります。

「上工」とは、「本物の医者」という意味であり、「未病」とは、病気ではないけど健康でもない状態、つまり病気の一歩手前の状態を指しています。

ですから「上工治未病」は、「本物のお医者さん」とは、病名のつかないような体の不調をも治せる人のことだと言っているわけです。

前にも書いたとおり、これは西洋医学が最も苦手とする分野です。

西洋医学では基本的に検査で異常が発見されるレベルになって初めて対処しようとします。ですから、患者がいろいろと不快な症状を訴えても、それはあまり重視されません。

最も重視されるのは検査データであり、そこにはっきりした異常がなければ、真剣に取り合ってくれないというのが通常です。関連記事:お医者さんのバカ

現代では、通常医療とは西洋医学のことを指しますから、中国の言葉にあるような「本物の医者」が少ないのは当たり前なのです。

おっちゃん自身も体調不良の時期に幾つもの病院を回りましたが、いいお医者さんと巡り合うことの難しさをつくづく感じました。

患者の顔をロクに見ようともせず、血液検査のデータや画像だけを見て、一方的に病状を判断する医師ばかりですから、これではドクターショッピングを繰り返す人が多いのも分かります。

医者というよりも、検査機器のオペレーターと呼ぶほうが良いのでは?とさえ思う場面もありました。

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実際、お医者さんの中にも「本物の医者」が少ないことに嘆いてる人はおられます。

神経内科医のたがしゅうさんのブログでは、医師は病気を治すのではなく、「見えないように押さえ込んでいる」と述べておられますがが、そうなってくると何のために病院に行くのか分からなくなってしまいます。(参考記事:たがしゅうさんのブログ「医者嫌いの医者」)

それでも、たがしゅうさんによれば、しがらみを振り払ってでも患者さんに真剣に向き合おうとする医師も少ないながらもおられるようです。

きっとそうした方は、西洋医学とか東洋医学とか、権威とか肩書きとか、そんな既成の概念に関わりなく、ただ医師としての使命に生きておられるのでしょう。

そのようなお医者さんに出会えたなら、本当にラッキーです。

ただし、「チャンスは準備の整った人のところにやってくる」という名言のとおり、本物のお医者に巡り合うためには、患者自身も相応の用意が必要だと思います。

薬だけ飲んで楽して病気を治したいとか、病院に行けば何とかしてくれるだろうという依存的な気持ちでいる限り、たとえ本物のお医者に会う機会があっても、それに気づくことができないかもしれません。

基本的に自分の健康は自分で守るという自立した意識で毎日を過ごすことが、本物のお医者さんとの出会いに気づき、宝のような適切な導きと心の支えを得る機会を引き寄せるのではないでしょうか。

本物になることを目指して今日も健康道を精進します。